目が覚めたとき、またしても工藤はいなかった。 快斗だって一応気配には敏感であるというのにそれでも気づけないなんて。工藤の謎がまた一つ増えたと頭を抱える。 まだ布団にもぐっていたいという欲求を何とか抑えて起きあがる。 今日こそ学校に用事があるのだから。 大きなあくびをしながら台所に降りていくと、それだけで足の裏が冷たくなった。 (もう11月だもんなぁー) ここ最近は暖冬だ暖冬だと騒がれているけれど、それでもこの時期になれば炬燵は必需品であるし、マフラーや手袋も大切だ。 昨日と同じようにコーヒーを片手に優雅に新聞を読んでいる工藤の横でストーブのスイッチを付け、炊飯器の中身を確認する。 …減ってない。 昨夜彼に食べたかったら勝手に食べていいと言っておいたのに、冷蔵庫の中身も確認してみるが全く手が付けられた様子がなかった。 「・・・ったくだからあんなにがりがりなんだよ。」 昨日も夕飯は一皿しか食べず、そのまま二階にあがっていってしまった。 そこではっとする。よくない兆候だ。 秘密を探ろうとはしているが、決して仲良しこよしのオトモダチになりたいわけではないのだ。 怪盗と探偵がオトモダチ。 泣きも笑いもできない悲喜劇なんて誰もお望みではないだろうに。 急いで頭を切り換え、ご飯をよそる。手に持つ茶碗が二つなのは、ほんの気紛れだと自分自身に言い聞かせながら。 「黒羽君。」 「ん?」 「ちょっと来てください。」 学校に着いてすぐに呼び出されるとは、想像通りの反応の速さだ。問答無用で引きずられぎゃあぎゃあ騒ぎながらも、願ってもないことだったの内心ほっとする。 連れてこられた場所は屋上だった。なかなか良い。人目に付かない方がこっちにとっても後々楽だ。 「いったい何の用だよ白馬。」 「そんなのは君が一番よく解ってるんじゃないですか、黒羽君。」 そういって差し出した手には、ハガキ程の大きさの紙が握られていた。勿論快斗はそれに見覚えがあった。というより、快斗が出した物だ。 「あっれー。これ怪盗KIDの予告状じゃね?すげー、俺にもみして」 「何を白々しいことを。これはあなたが昨夜米花町の桜花美術館に送ったものでしょうが。」 そう言いながら突き出している予告状は、確かに昨日快斗が鳩に届けてもらったものだった。 彼、白馬探は何かにつけてキッドは黒羽だといちゃもんを付けてくる探偵だ。いや当たってるんだけども。 なんの証拠も無く、未だにキッドを捕まえることが出来ないことで彼のプライドが傷ついているようだ。 おかげで現場では中森警部と一緒に声を張り上げて指揮をしている。 中森警部との仲が良くなれば少しは追いつめることぐらい出来るかもしれないのに、全く改善される様子はない。 残念だ。 これでも快斗は結構2人のことを気に入っているのに。 「なぁ白馬。」 まだべらべらとしゃべっていた白馬を無視してきく。 こっちの訊きたい情報を引き出さなくては。俺も暇じゃないんだし。 「なんですか。」 「工藤新一が死んだ事件についてちょと教えてほしいんだけど。」 その瞬間、白馬の顔が奇妙に歪んだのを快斗は見逃さなかった。 「・・・・何故ですか・・?」 動揺を押し隠しながらした出された声は僅かに震えていた。 やはり、メディアには隠された何かがあの事件にはあったようだ。 だがここまで敏感に反応するとはいったいどういう事だろうか。 「ちょっと、興味がわいてね。」 「では、僕はこれで失礼します。一般人に情報を公開するわけにはいきませんから。」 「そう言うなって。お前にとって悪い話じゃねえんだからよ。」 「・・・・・・・・・っ・・・!」 そう言って足早に屋上から出ていこうとする白馬を強引に引き戻す。白馬が目を見開いたのがわかった。 それもそうだろう。わずかにキッドの時の気配を漂わせながら威嚇しているのだから。 今まで散々キッドであることを否定していたのに、ここまであからさまに気配を表すというということは、怪盗KIDであると自ら教えているようなものだ。 「・・・・・そこまでして、何故工藤君の事件について知りたいんですか。」 「オイオイ、質問しているのはこっち。まずお前が答えろよ。」 一瞬怯んだように一歩さがったが、それでもなお瞳の意志の強さは変わらない。 「黒羽君は、工藤君の何なんですか。」 「好敵手、かな?それらしく言えば」 「では何故、今になって工藤君の事件について知りたくなったんです。」 半端な答えは許さないといった白馬の様子に苦笑し、頭を掻く。ここで適当に言い訳でもして誤魔化すことはできるだろうけれど、これ以上話がこじれても時間の無駄になるだけだ。 「なんでも。ただ、俺んちに野良が居座ってるだけで。」 白馬が息を呑んだのが分かった。 別に快斗は嘘を言っているわけではない。確かに快斗と新一は似ているのだ。雰囲気や、動作、髪質などわずかな差はあるものの背格好はほとんど変わらない。快斗方がわずかに背が高い程度だ。ドッペルだと言っても似たようなものだろう。 だというのに、白馬の反応はわずかに違う。馬鹿にするなと怒ったり呆れた様な表情ではない。どういうことだろう。 「・・・黒羽君、君は、・・・・・・・」 青ざめ血の気の失せた顔で、何かを言うまいか迷っている様だった。ここまで動揺している彼は珍しい。 「・・・工藤君を。――工藤君が生きていると思いますか?」 「いいや。全然、全く。」 工藤が何故隠しているのかは解らないが、本人が隠していることを、たとえ探偵仲間の白馬にもわざわざ言うこともないだろう。 当初の目的とずれてきているのは自覚している。やっぱり情が移ったのはまずかったかもしれない。 工藤新一の葬式はずいぶん前に済んでいる。大きな棺の中は空っぽで、彼がが愛読していたホームズの本を代わりに詰めて燃やされた。あの大きな火災の後、探しても探しても名探偵のはおろか、火を放った者たちの遺体すら1つも見つからなかったからだ。メディアでも公開することを自粛したため、表だってそのことを騒がれはしなかったけれどその事は公然の秘密となっている。 「ま、あの名探偵がそう簡単にくたばるとは思えないけど。」 そうだ。あの彼がそう簡単に奴らにやられるはずがない。 工藤を助けてやりたいと思っている自分がいることに気がつく。全く、身の程知らずもいいとこだ。 |