朝目が覚めたら、そこにはもう工藤の姿はなかった。 昨日の夜の出来事は全部夢だったのかもしれない。という願望は、部屋の隅にちょこんと置かれたスクール鞄によって簡単にうち砕かれた。 昨日はあれからも大変だった。 居候の身でありながら、ベッドを使わせろだの、何か食べ物をよこせだの、えらく注文が多く、更には態度もでかった。ようやく一段落付いたのは今日になってからだった。 おかげでこっちは2日続けての寝不足で、今日の授業は全て睡眠にあてることに決まった。 「ったく出かけるなら一言いってけよ・・・・。」 でもこんな朝早く出かける元気があるなら、あまり心配する事ではなかったのかもしれない。 昨日、工藤の身なりで気になったことがあったが、どうやらそれは快斗の杞憂に終わったらしく、ほっと息を付き、支度を整える。 そこでふと思い当たる。工藤は昨日、どうやって快斗の家に侵入したのだろうか。 一応この家だってちゃんと鍵を閉めているわけなのだから(彼が鍵開けという特技があるなら別だけれど)入ってこれるとしたらこの快斗の部屋からだろう。 鳩がいつでも入ってこれるようにと、窓を開けっぱなしにしてしまっていたわけであるし、不用心だったなとは思ったけれど今更遅く、これからの教訓になったと無理矢理自分を納得させた。 着替えをすませ二階から降りてくると、焼かれたパンのいい香りが鼻をくすぐった。 「おはよ、キッド。」 「はよ…。」 なんだこのむずむずした感じは。目の前では工藤が朝食をとっていた。ご飯を食べることは別段おかしなことではないだろう。けれど、ここは快斗の家だ。間違っても、目の前で平然とパンに齧り付いている人物の家ではない。 テレビでは連日放送されている警視庁幹部相の事件を放送している。そっちのがよっぽどリアルにきこえるのは俺だけだろうか。 「なにしてんの・・・。」 「メシ食ってる。」 「いやいや、それは分かるんだけど、さ。・・・ここ、俺ん家だよね・・・?」 「だから?」 「・・・・・・いえ。何でもないです。」 なに勝手に食べてるのかとか、どうやって物の配置が分かったのかなど、聞きたいことは沢山あったが、全く答えてくれそうな様子ではなく、まああの名探偵だしたなと無理矢理納得する。 (あ。違うんだっけ・・・。) 快斗が勝手に工藤新一と名付けたが、本人は否定した。というより、本物の工藤新一は死んだのだ。英雄として。もし、あのニュースが、事実ならば。 「ほら。さっさと食え。」 「あー、どうも。」 差し出されたトーストをびくびくしながら受け取る。自白剤でも染みこんでいるのではないかと勘ぐるが、工藤は平然としており急に馬鹿らしく思えてそのまま口に運ぶ。香ばしい味が口の中に広がった。 「・・・・・・・。なあ工藤。」 まじまじとトーストの表面を見る。 「このトーストに、なんかぬった?」 「なんもぬってないけど?」 「・・・・こーゆーのはマーガリンでもジャムでもなんでもぬるモンじゃないでしょうか。」 「しつこいから俺は嫌いだ。」 「俺は欲しいんですけど。」 「じゃあ。」 ついと向けられた視線の先には冷蔵庫。 「自分でぬれってか!?」 「当ー然。」 当の工藤はいつの間に持ってきたのか朝刊を読みながら、いつかのお中元で贈られてきたインスタントのコーヒーを飲んでいた。 (つか、ホントいつの間に。めちゃ俺ん家に詳しくなってんじゃん・・・) 開始のチャイムギリギリに教室に飛び込む。工藤は一日中家の中にいると言っていたがどこまで信用できるか分からない。危険なことはしないとは思うが、自信はない。 友達と適当に挨拶を交わしながらそれとなく周囲を見わたすと、意外なことに白馬は学校に来ていなかった。 ここ最近予告状をだしていなかったけれど、白馬のことなら今日も早くに学校に来て快斗を監視するだろうと思っていたのに。もし急な事件でもあったのなら、困る。今日は白馬から話を聞き出すために学校へ来たというのに。彼が来なかったら貴重な1日が無駄になってしまうではないか。 (ま、監視されないで寝れるのはいいけど) 一日二日寝ないのはざらにあるが、昨夜の出来事のおかげで精神的に参ってしまっていて、体は睡眠を何より欲している。 時刻は昼頃。丁度いい陽気に日差しで絶好の昼寝びより。最高な条件だ。 だから、そう。 このまま何も気負わずに寝てしまえるのが一番幸せなんだろうけれど、生憎自分を見ている一対の視線が、それを許してはくれないだろう。まったく、厄日だ。 はじめは無視を決め込み机に突っ伏したが、それでもいよいようっとうしくなってきてつい一瞥をくれると、案の定、こちらを見つめていた綺麗に整った白い顔を持つ女と目があった。 ゆったりと近づいてくる様は、誰もが歩みを止めてしまう程の魔力があり、女性でもついつい見とれてしまう程だ。 だがその正体は自称現代に生きる紅魔女で、変な魔術まで使うという人物。快斗の中ではある意味工藤よりも危険人物と認識されている。 「黒羽君、おもしろい人を家にあげたようね。」 「何のことだ?」 「別に、隠さなくても良いわよ。」 いつもとは違く暗い表情で快斗を見る。 「悪い事は言わないわ、今すぐ彼から手を引きなさい。」 「へぇ。それもご自慢の予言か?」 「そう。そしてこれは警告よ。彼とこれ以上関わってはいけないわ。」 「そんなに難しい顔してると、ご自慢のお肌にしわができんぞ。」 「黒羽君!」 茶化してみても、紅子の顔は晴れない。 不本意ながら、何度か紅子の予言に助けてもらったためあまり邪険にもできないし、何故かその表情には不安と恐れが入り交じっている。 「・・・・・・・・・・・・・。」 もともと、なにかあると解ったうえで工藤を家におくのを良しとしたのだから、それがやめる理由にはならない。 無言で肯定の意を表すと、紅子は諦めたようにため息をついた。 もともと、彼女だって快斗の意志を変えることはできないとわかっていたのだろう。それ以上言い募ることもなく口を閉じた。 「ったく白馬の奴、肝心なときに学校休みやがって。」 頼みの綱だった情報も、どうやら今日は手に入りそうになかった。 一応寺井にも、情報収集を頼んでおいたけれど恐らくいい情報は入ってこないだろう。 快斗自身盗みの際、警察のネットワークに侵入したことは多々あるけれど、工藤新一が死んだ後おかしな噂も情報も全くなかった。 ――――いや。 寧ろなさすぎていた。 その時はそれほど気にもとめていなかったが、工藤新一の死についての情報は、メディアに公開されているのとほぼ同じで、あまりにも小綺麗にできすぎていた。今思うとあまりにも不自然すぎる。 工藤新一という探偵は確かに無駄な犠牲を良しとしなかったが、それでも警察としては伏せておきたい事柄もあるはずだ。それを包み隠さず公開した、とそこまで快斗は警察を信用出来できてはいない。 そこに重要な何かがあると快斗の勘が訴えていた。 「とりあえず、俺もちょっくら探ってみるか。」 思い立ってはじっとなどしていられず、再び鞄に荷物を詰めはじめる。 紅子はなにかいいたそうな顔をしていたけれど、今度はそれを綺麗に無視して通りすぎる。青子が気が付かなかったのは幸いだ。なんの騒ぎもなく出て行かれる。 チャイムが鳴るのを何処か遠くにききながら、教室を後にした。 |