部屋のドアを開けると、そこにはあるはずのないモノが机の上に置いてあった。 こう見えて黒羽快斗はきれい好きだ。 部屋の掃除だってまめにやるし、手先が器用で、料理や細かい作業も好きだ。 昨夜は新作のマジックの練習をしていたので、部屋は多少汚くなったけれどある程度の片づけたはずだ。 そのため、午前中は睡眠学習をして過ごし、午後はクラスメイトにできたてのマジックを披露し大盛況をおさめた。 今日はそのテンションが尾を引いて、夜遊びまでしてしまった。おかげで家に着いたのは日は落ち月が天上にのぼるほどの時刻だっけれど。 そう。だから今机の上に乗っているモノが出しっぱなしにしておいた、マジックの道具であるはずがない。 そう頭では理解していても、ではなぜこれがここに置いてあるのか、自慢のIQ400の頭脳を持ってしても答えは見つからない。 本来なら、これは決して人の目に付かないように、扉の向こうに仕舞っておいてある。 なのに、何で。 「なんで出てるんだぁ?」 机の上には大切な大切なシルクハットとマントが。 「なんでだぁ?」 そして何より信じられないのは。 「よぉ、キッド。」 目の前に見知らぬ人間が、座りながら手を振っているという状況だ。 目が暗闇になれてくると、前に座る人物の輪郭がはっきりと見えてきた。どうやら見知った人物だったようだ。 東の高校生探偵とうたわれ、父親の頭脳と母親の容姿を兼ねそろえた彼は、生まれ持ってのカリスマ性で多くの人の心を虜にし、メディアや新聞でも大きく取り上げられていた。 キッドだったとき1度対峙した事があったけれど、不意を付かれたというのもあるが、結構なところまで追いつめられたというのも事実だ。 そのときは、馴染みの警部や探偵の時には感じたことのないほどのスリルと危機を味わった。 元来、彼らには本当の意味で怪盗キッドを捕まえようという意志はあまり感じられない。 白馬は頭は切れるが、少しでも関わった人間には多少の甘さが出てしまうし、中森警部に至ってはキッドを追う事を生き甲斐にしている節があり、捕まってしまったらその後生きる気力を無くしてしまうんじゃないかと心配なほどだ。 そういう意味では、彼は誰よりも探偵だった。 工藤新一。 正義を愛し、悪を憎むというわけではなかったけれど、彼は誰よりも貪欲に、純粋に真実を求めていた。 だからこそ、彼は大胆不敵な怪盗KIDを追いつめることができたのだ。 油断のならない要注意人物。と快斗の頭の中にインプットされたが、それ以降工藤新一はKIDの予告現場に来る事はなかった。 手強い敵が現場に来ないのは楽でいいけれど、せっかく現れた好敵手がいないのはつまらく、こっそり仕掛けた盗聴器にもあれ以降工藤新一の名前が挙がる事は無かった。 そんな工藤新一が、何故か目の前にいる。 「何で名探偵どのが、ひとん家に不法侵入してんだよ・・・。」 どかりと鞄を置き新一の前に座る。 もう今更KIDのように紳士的に話のも意味がないから、素の黒羽快斗の口調になる。 「そんなことよりキッド。」 「あん?」 「お前、本当にキッドなんだな?」 「はぁ?」 そんなことでは済まされない重要なことなのに軽く流され、ついつい彼が恨めしく思えてくる。そう言ったのは彼ではないか。 それとも、仮にも探偵。一応犯人に自白でもさせたいのだろうかと、両手をあげる。 今までは全く怪盗KIDに興味のない様子だったというのに、いくらなんでも探偵でありながら、不法侵入するなんて。 彼を警視庁の救世主と言っている警察に、勝手にひとん家に上がり込んでいるこの現状を見て欲しい。卒倒する光景が目に浮かんだ。 「はいそうですおれが怪盗KIDですよ。」 半ばやけくそになりながらそう告げ、ちらりと新一の様子を伺うと、嬉しそうな顔でではなく、意外な事に苦笑の混じった困り顔で頬をかりかりと掻いているではないか。 何というか、ヤマがはずれた様な、でも完全に外れているというわけではなく。結果オーライなんだけれど、ほんの少し申し訳ないような。 「なんですか・・・」 「あー・・・。いや、なんていうか・・・・」 ちらりと新一の目線が動き、つられて快斗も机の上のマントとシルクハットをみた。純白のシルクハットは僅かな光に反射し、なめらかなマントは優雅にその姿を誇示し、生地にはしる皺すらも見惚れるような―――・・・。 ん? 皺? 暗闇に慣れた目は、雲から漏れた月の光でぼんやりとしか見えていなかったそれらをはっきりと照らしていた。 でもそれは、シルクハットでも、マントでもなくて。 「まさかこんなに簡単に騙されるなんて、なぁ・・・・?」 自分かいつも使っているものではなくて、ただのシーツと、白い紙を丸めた即席のシルクハットだった。 本気で自分のことに嫌気がさしてきた。 まさかこんな単純な嘘に気づけないなんて、怪盗KIDの最大の失態だ。親父に顔向けできない。 「はははは・・・・・・・・」 乾いた笑いしかできない。というか、笑えることでは全く無い。 妙な思いこみは本当に駄目だということが、よく解った。 だいたい、そう簡単にあの隠し扉を開けることなんてできるはずがないのだ。 快斗ですら、8年間その存在に気づけなかったというのに、恐らく初めてこの家に来た彼が、こうも簡単に探し当てるなんて、いくら何でもあり得ない事だと気づくべきだった。 だけれど今更後悔しても遅い。こちらの手札は不本意ながらもうすでにばらしてしまったので、今度はこちらが仕掛けなければ。 「で?名探偵のお望みはなんだい?」 肩がぴくりとわずかに動き目が細められ、やはり彼はなんらかの見返りを求めてこんなことをしたのだと確信する。 大体、あれだけ計算高い名探偵が、怪盗KIDの正体を暴くために、こんな確率の低い運まかせのことをするはずがないのだ。もし本当に捕まえる気なら、一人ではなく警察を何人も従えてやってくるはずだ。それだけの行動力と権力を、彼は持っている。 「俺からの要求は1つ。それを呑んでくれたら、お前の正体を誰かに言ったりしないって誓おう」 名探偵のカードが1枚捲られる。 提示されたそれが真実か否か、見極めるのは至難の業だ。なんてったって、自分は怪盗。騙す側であって見抜く側ではない。 「俺をしばらくここにおいて欲しい」 「・・・はぃ?」 告げられた言葉に拍子抜けする。ここにおいて欲しいって? 「しばらく俺をここに住まわせろってことだ」 「・・・どれくらい居るつもりなんだ?」 「最低でも1週間。長くて一月かな」 「1週間、か・・・・。」 探偵と怪盗が一つ屋根の下で、しかも探偵の方から脅迫まがいに要求するなんて、なかなか笑えない話ではある。けれど。 なかなかスリルがあって楽しそうではないか。 「OK。その条件をのもうじゃないか」 あからさまにほっとした表情に、あれと思う。彼もこんな表情をするのだと、妙なところに感心する。 本当ならこんな出来合いのマントやシルクハットではとてもじゃないが証拠にならないし、自白をとったといってもそれを聞いたは彼一人なわけなのだから、快斗を罰することは出来ない。万が一彼が警察で告発したとしても、何の証拠がない今、起訴することはできないだろうけれど。 ついついこぼれる笑みが止められない。 それほどまでに、最近無かった程に心臓が脈打っているのがわかった。 「ようこそ黒羽家へ。名探偵」 「おう。てかキッド、その“名探偵”って呼ぶのやめろ」 「あれ、嫌なの?じゃ工藤って呼べばいい?」 「いや。ていうより、俺は工藤新一じゃないし」 「・・・は?」 何を彼は言っているのだろうかとしばらくほうける。いくら後の時以降会っていなくとも、彼の顔を見間違えるはずがない。 のに。 「だって、工藤新一は」 そのときはたと思い出す。 そういえば。 「死んだだろ。2週間前に」 麻薬の取引現場で、巻き込まれて。 |