双子の鬼
目の前で人が殺されたというのに、全く気づけなかった自分を恨みたくなった。身近なひと一人助けられないで何が探偵だというのか。白馬はそんなやるせない気持ちを抑えきれなかった。捜査に協力したくても自分たちのキッドを捕まえるために仕掛けた罠やキッドのパフォーマンスのせいで証拠はほとんど見つけることはできない。 照明が戻ってすぐに来た1課の刑事たちは、キッドの件で疲れただろうから休んでいるようにと言ったが、本当は厄介払いをしたかっただけだろうと思う。それは白馬自身も思うことだ。捜査に白馬が関わっても、現場を荒らすだけでなんの助けもできないだろう。 ため息を零す。ビルの中は暖かいはずなのに背筋に寒さを感じる。夜空には昼間のように鬱そうとした雲がかかっており月はその姿を隠してしまっている。キッドが落とした照明の後すぐに反応できなかったのはそのせいもあった。 「白馬。」 「…工藤君。」 宝石が展示してあった部屋から工藤が出てきた。彼はもともと1課の刑事とも面識があり交友もあったため捜査に協力していたのだ。なにか進展はあったのかと腰をうかしたが、工藤の顔を見て落胆する。 「何もわからなかったんですね…。」 「あぁ。一応鑑識に凶器の短剣をまわしたけどあんまり期待はできないな。」 「…そうですか。」 美縞とそれほど友好的だったわけではないけれど、つい1時間前まで一緒に現場にいて話もしていた人が亡くなったというのは、いつまでたってもなれるものではない。どうにか早く犯人を見つけたいが、今回のような場合はそれも難しい。肩を落としていると工藤が声をかけてきた。よほど非道い顔をしていたのか、心配そうな顔だった。 「警部が鑑識の結果が出るまで上の階のレストランで飯でも食べてろだって。…大丈夫か?」 このビルの運営は全て美縞の夫である寺門義治が経営している。これ以上心配されないように無理に表情を繕ってエレベーターに乗る。心地の悪い浮遊感が全身を伝う。キッドはこの事件を知っただろうだ。今もあの不適な笑みでどこか明るい場所でこの様子を楽しんでいるのかもしれない。 チンと気の抜ける音が鳴りドアが開く。エレベーターからでてすぐの場所に豪華な扉が見えた。それだけで、このビルの力の大きさが分かる。最上階のレストランは美しい夜景が売りの高級店だ。今日は怪盗KIDの予告日だったのでお客は入れ無かったせいで、広い店内はしんと静まりかえっている。 すぐにウエイトレスがやってきて席に案内した。窓から見える景色は、宣伝通り素晴らしいものだった。高層ビルから零れる光がメリズビルで展示されていた宝石のように輝いていて綺麗だ。もし晴れていれば、更に良い景色だっただろうに。 席についてすぐカップにコーヒーが注がれる。温かいそれは、冷め切った心までも暖めてくれるようだった。しばらく無言のままコーヒーを喉に通す。苦く喉に染みた。 「白馬はまだここに残るか?」 「はい。何のお役にも立てないと思いますが、一応もうしばらくいようと思います。」 「そうか。俺はそろそろおいとまさせてもらうよ。」 「そう、ですか…。」 工藤はコーヒーカップを見つめている。その目からは表情が窺えない。今日初めて会ったが彼はこんなひとだっただろうか。同じように自分のを見ても何も変わらなかった。 「あの……。工藤さん、白馬さん。」 「利恵さん。どうかしたんですか?」 呼ばれて振り返った先には、美縞の義母である利恵がいた。目の前で美縞が殺されたのだ。その顔色は遠目に見ても青白く、陰が濃くなっていた。その痛々しさに胸が痛む。 「なにか、捜査に進展はあったんでしょうか…?」 心底心細そうにきいてくる利恵を前にして言葉に詰まる。何もない。進展どころか捜査にすら加えてもらっていないのだ。彼女らに事件の前必ず守ると言ったのに。宝石であろうと人の命であろうと守る、と。その約束を守れなかった自分が何を言うことができるだろうか。 「容疑者ならいます。」 凛と響く声にはっとるす。工藤は深層の海のような瞳で静かに利恵を見据えていた。暑くもないのに背筋に冷たい汗が零れる。確かに彼に威圧されていた。こんなこと、今までありはしなかったのに。体は床に縫いつけられたようにぴくりとも動かない。 「容疑者、ですか。」 「ああ。俺の知る限り一人だけ。」 「……誰なんですか。」 やっとのことで声を絞り出す。さっきは確かに捜査に進展はなかったと言ったというのに。工藤はついと視線を外し、窓の外を見た。同じように視線の先を追ってもそこには暗い雲しか見えなかった。 「白馬。俺ははじめからおかしいと思っていたんだ。そいつは最も怪しくて、事件当時のアリバイも何もなく、証拠も隠せるような奴なのに、なぜだか一度として誰の容疑者の、候補にすらあがらなかった。」 なあ。と彼は誰に話すわけでもなくただ淡々と語る。工藤はもう白馬を見ていない。彼がなにを見ているのかわからない。 「なあ白馬。なんで怪盗KIDを怪しいと思わないんだ?」 時間が止まった気がした。怪盗KID。今日ここでキッドの犯行があり、犯行時刻も重なる。確かに怪しいが、でもキッドは、彼は。 「……キッドは、人を傷つけはしませんし…。」 「絶対だと言い切れるか?もしかしたか彼女はキッドの正体を知ってしまったのかもしれない。だから口封じのために殺した、そうは考えられないか?」 言葉に詰まる。キッドが美縞を殺した。キッドが彼が殺した人を、殺した。 「そんなはずは……。」 「無いと断言できるか?怪盗紳士だなんだといっても、犯罪者だぞ?裏で何をしてるかなんて誰も知らない。」 彼はそんなことをしない、そう彼に言い返すことはできなかった。工藤の言っていることは正論だ。実際白馬が知っていることなどほんの一握りのことで、キッドのことなど半分も理解していないだろう。 「なあ、どうなんだよ―――キッド。」 その言葉に首を傾げる。キッドはここになんていないというのに。しかし彼はまっすぐと、利恵を見据えていた。彼女は突然向けられた視線にとまどうばかりで、意味が分かっていないようだった。 「工藤さん?」 「もう猿芝居はやめにしたらどうだ?」 笑う。工藤が笑う。口の端で、綺麗に、愉快そうに。 「工藤さん…なにか勘違いをしているのではないのですか?」 「そうですよ工藤君。突然何を…。」 彼はまっすぐと視線を利恵に向けている。そこには一寸の怯みもない。耳がおかしくなる。音が、雑音がきこえない。工藤の声だけがフロアに響く。 「白馬。こいつはキッドだ。利恵さんじゃない。なんなら警部に連絡して聞いてみようか?利恵さんはいますか、って。どうせトイレかどっかに眠らせてきているだろうからすぐに見つかるだろうぜ。」 「その必要はありませんよ。」 工藤が携帯に手を伸ばしたとき利恵の制止がはいる。同時に利恵の雰囲気がガラリと変わり、その変わり身の速さに唖然となった。その感覚はキッドのものだった。 くすくすとキッドは笑う。いつもと違うキッドの様子に戸惑う。 「のこのこ現れたってことは、捕まえろってことだよな?」 「いいえ滅相もありません!わたしはただあらならぬ謂われを受けないためにこうしてやってきたんですよ。」 「謂われ?事実だろ。」 「まさか。私は誓って美縞さんを殺してはいませんよ。」 「泥棒の言うことが信用できるか。」 「泥棒ではなく怪盗、ですよ。……ところで工藤探偵、なにぜそんなに機嫌が悪いんですか?」 カップを持つ指が不自然に動く。そのほんのわずかな動作でキッドの言葉が真実なのだとわかるが、全く気づかなかった己に愕然となる。 「オメーのせいだよ。こんなめんどくさいことさせやがって。」 「おやそれは失礼しました。次はもっと素晴らしい予告状をお出ししましね。」 「バーロー、寧ろ迷惑だ。」 まるで旧友のように会話する彼らに唖然とする。そこには白馬の入れる余裕はなかった。 知らない工藤がそこいいた。知らないキッドがそこにいた。彼らは笑ってコーヒーを、紅茶を飲んでいる。まるでただのティータイムのような雰囲気で。 080125 |