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双子の









 

 今日の盗みは急に思い立ったことだった。メリズビルで宝石展があるのは知っていたが、目的のものではないだろうと思いみおくるつもりでいた。それなのに予告状を出した理由は簡単。ただ単にその日が暇だったから。
 そんな自分の思考に思わず嘲笑がこぼれる。我ながらおかしいと自覚している。キッドの衣を纏ってからもう二年が経とうとしているが、時間の流れは速く、いつの間にか快斗も変わったのだろう。変わるのは当たり前のことだ。快斗は人とは違う時の流れであっただけで、確実に変わっている。ただ、周りがそれを認めないだけで。いい加減疲れてきている。そろそろ終わりにしたいのに、終わりは一向に来ない。
 半ば自暴自棄に送った予告状は、当然の事ながら警部たちを困らせた。二課ではお手上げのようで一課の知り合いの警部にも頼んだようだがそれでも解けずに苦戦しているのを盗聴器で盗み聞きしていた快斗にはおかしかった。そんなときだった。工藤新一の名前がでたのは。




 コーヒーを飲んでいる様は、まるで中世の貴族のように優雅だった。ここのほんの数階下で殺人事件があったとは思えない程の落ち着きようで、探偵としてくぐってきた修羅場が白馬とは比べ程にならないということが解る。

「ブルーストーンは本物だったか?」

 何でもないようにさらりと言う彼に仮面の下で苦笑する。切り返しの速さには敵わない。こちらもうかうかしていられそうにないなと思う。少しでも気を抜けばあっという間にかび臭い鉄格子の中に入れられてしまうだろう。

「いいえ。見事な贋作でしたよ」
「そいつは無駄働き、残念だったな」
「いえ。おかげて愉快な夜を過ごせました」

 にこりと嫌味な位の笑顔を返す。つまりはそういうことだ。贋作を必死に守っていた女。贋作だと知っていたのは誰?本物だと信じていたのは誰だろう?人間の欲が、欲を食らう。さて。食らわれたのは誰であろうか。
 カップから指を外す。工藤のカップの中は空っぽだ。けれどウエイトレスが来る気配はない。それもそうだろう、邪魔が入らないように誘導したのだから。工藤も当然それをわかっているようで呼ぶどころか探してすらいない。

「私を捕まえますか?」
「いいや。今日は気が乗らない」

 答えがわかっていくのにきく。予想通りの返答がきて仄かに微笑む。どうでもいい、ただの言葉遊びだ。他愛のない、意味のない会話。探偵と怪盗がとかいう無粋なことも思わずに。

「命日なんだ」

 唐突な返事に一瞬言葉を失う。彼は頬笑んでいた。窓の外を見て。雲の合間から月明かりが漏れている。月は相変わらず見えないが、月光は眩しかった。

「誰の、ですか」
「俺の」

 瞬時に返された言葉に目を見開くと同時にそういうことかと理解する。そうだ、そういえばこの時期だった。あの子がいなくなったのは。

 笑う。工藤が笑う。つられてキッドも笑う。

 笑う笑うわらう嗤う。探偵が怪盗が工藤が黒羽が新一が快斗が、わらう。

 滑稽だ。真実を偽って、何事もないように日常に還っていく。あぁ、なんて愚かで醜いんだろう。本来の姿を偽って、大切な人に長い間偽りの姿を見せて、いつの間にか戻り方を忘れてしまった、愚かなこども。


「そういえば。どうして私が利恵さんでないと解ったんですか?」

変装は完璧であったと思う。背格好もまね、歩き方やしゃべり方も完璧であったはずなのに。素直に(そんなわけないのに!)工藤にそうきくと、彼はきょとんとした表情をした。それからやや間が空きああと何かを納得したように声を上げる。

「だって、そんなの当然だろ?」

 さも可笑しそうに、さもどうでも良さそうに工藤は言う。

「犯人が自分で進んで探偵の前に現れるわけないだろ」

 ころころと空気が揺れる。とたんにこちらも可笑しくなった。

「そりゃそうだ」

 嗤う。滑稽なこどもが、こどもたちがわらう。いつだって彼の言うことは真実で、彼が言うことは真実となった。なにが悪でなにが正義か。なにが真でなにが偽かを決めるのは快斗でも工藤でもない。神でもましてや悪魔でもない。その他大勢の傲慢な人間の意志だ。

「そんじゃもうすぐ推理ショーでも開くのか?」
「まさか。俺がなにかしなくてもどうせすぐにぼろが出るだろうよ。」

時計の針は11時56分を指している。長かった今日ももうすぐ終わりそうだ。目を瞑り祈りを捧げる。お休みなさい可愛い子供。もう二度と目を覚ますことのない小さな子供。さようなら。もう会うことはないけれど。

「なぁ。俺は好きだったぜ。小さな探偵小僧、も」

 それだけは真実だと言い切れる。俺のなかの小さな世界の中でだけれだけど、それだけは誰にも覆すことはできない。


そんなの嘘だ、と工藤の目が雄弁に語っていた。




08.0125