1.ユダの街









汗がこめかみを伝いこぼれ落ちる。下着は既に汗まみれになっており、きっと今なら確実に絞れるだろう。
想像以上の暑さに、思わず支給された麻のマントを脱ぎ捨てたい衝動に駆られるが、事前に日中は日差しが強すぎて皮膚が火傷を負うとスメラギに注意を受けたことを思い出し、脱ぎかけたマントを再び深く被り直す。
隣でジープを運転するアレルヤは、ロックオンと同じようにマントを羽織っているが、ハンドルに伸びた腕は素肌では無いにしてもマントから出ており、顔面にはゴーグルを掛けているだけといった装いで、ロックオンより随分軽装だ。その格好を横目で見て、人種や育った環境の違いに思わず溜め息が零れる。
詳しく訊いたことはないが、肌色や容貌を鑑みると恐らくアジア系出身だろうと容易に想像が付く。同時に、その年齢に似合わないほどの出来上がった肉体を見ても、普通ではない幼少期を過ごしただろうことも。
対してロックオンは、白人で日差しに弱く、一応テロに遭うまで普通の生活を送っていたため特に身体も特別強いわけではない。更に出身地のアイルランドの気候はこことは真逆に位置しているため、ここのうだるような暑さは堪える。深い意味はないが、アレルヤのような一般より丈夫な身体が羨ましい。
どうにも喉が渇いてしかたなかったので、割り当てられていた水筒に手を伸ばす。

「あまり飲むと任務の途中で足りなくなりますよ。」

それに気づいたアレルヤが苦笑しながら苦言を呈した。実際アレルヤの言うとおり、いつ終わるともしれないこのミッションではある意味この水一滴が命取りになるかも知れないのだ。飲み水が無くなったので途中でミッションを投げ出してきましたなどと言えば、あの気難しいティエリアからどんな制裁があるか、考えただけで身震いがする。

「大丈夫だって。大体今回のミッションはただ目的の人物を見つけて取っ捕まえて、トレミーに連れて行けばいいだけだろ。」
「音便に、ですよ。」

皮の手袋でしっかりガードされた左手を左右に振ることで了解を示す。
砂地は高低が激しく、慣れない者にとって運転するのは難しい。本来なら技術の上なロックオンが運転するべきなのだろうが、日差しに弱いためアレルヤがハンドルを握ることとなったのだ。アレルヤも下手ではないが、どうにもぎこちなく危なっかしい。下手にしゃべると注意力が散漫になるため、できるだけ無駄口を叩かないようロックオンは努めた。

(・・・・しっかし、なんの因果かね。)

一度は訪れたい、訪れなければと思っていた地に、今向かっているのだ。今までにも何度も訪れようとこの地までの航空券を買ったが、その度に当日飛行機に乗れずにチケットを握りつぶしていた。知らないうちに拳に力を込める。果たして彼の地に立って平静でいられるかどか、ロックオンは自信が無かった。
真っ赤に染まった視界。ここで感じるより更に皮膚を焼く灼熱の風。数多の泣き叫ぶ声。名前を、家族の、友人の、恋人を呼ぶ声。惨事の引き金は、ほんのちいさなボタンひとつ。

「―――ッオン、ロックオン?」

大丈夫ですか、とアレルヤが心配そうに声を掛けた。いつの間にかジープは止まっていた。心を落ち着かせるために一呼吸おいて口を開く。

「着いたのか?」
「ええ。ただ、ゲートが崩れていてこれ以上ジープでは行けそうにないんです。」
「てことは、ここから徒歩か・・・。」

顔を上げようやくそこの全貌を視界に捉える。都市を囲い守護する役目の城壁は所々崩れ落ちており、アレルヤの言うとおり確かに唯一の出入り口には城壁の残骸によって塞がれていた。城壁の向こうには同じように風化し崩れた民家らしき建物が粛然と佇んでいる。
ジープから降りてマントから顔を覗かせ、己の足でその場所に立つ。思った以上に、因縁の地に立っても心は凪いでいた。実感が湧かないせいかもしれない。
だが、これからは私情を捨てマイスターとして行動しなければならない。そう自分に言い聞かせる。俺は何のためにマイスターになった。

「目的ポイントに到着。これより第二段階に移行します。」

アレルヤがトレミーに連絡し終えたのを確認して荷物を背負う。ジープの中にはまだ荷物が残っているが、どうせ夜には戻ってくるのだし、まあいいかと必要最低限の物だけ取り出しトランクを閉める。

「ぱぱっと終わらせようぜ。暑くて駄目だ。」
「真面目にやってくださいよ、ロックオン。今回のミッションは今までの予行練習とはワケが違うんですから。」

同じように荷物を背負いながら憂いを含んだ瞳を細めてアレルヤは言葉を続けた。

「僕たちの仲間、ガンダムマイスターを見つけにいくんですから。」

それが死ぬほど嫌なんだ、と音にはせずにロックオンは呟いた。