複数の足音がこちらに迫ってくるのを感じながらも、もう弾丸も走る気力も底をつきかけ、腰を上げるのも億劫になり、我ながら馬鹿だなあと苦笑する。 元々、全てが中途半端だったのだ。人を殺すことも、自分を捨てることも 出来ないで、唯逃げていただけで。 それもどうやら今日までのようだ。覚悟を決めて人を殺すのか、殺されるか。 (もしくはまた流されちまうか・・・?) それもありな気がして再び気を引き締める。ここまで来たのだから、せめて最後くらいは己の思い描いたようにいきたい。 肘に微かな痛みを感じちらりと伺えば、どこか瓦礫ででも引っかけてしまったのだろう、引っ掻き傷がついていた。けれどそんな傷を気にしている余裕もなければ必要もない。こんな掠り傷程度なら比喩でもなんでもなく、ものの数分で跡形もなく癒えるのを知っているからだ。 (全く、俺も化け物になったもんだなぁ) 元々はごく普通の高校生で、探偵でもあったのに。いったいどこで間違ったのだろうと思い返してみても、答えは到底思いつかなかった。全ての元を質せば、新一が探偵を夢見たところから始まっているだろう。好奇心を抑えることを学んでいれば、こうはならなかったはずだから。 一年前、トロピカルランドで黒ずくめの男たちの怪しい取引現場を発見したのを別の仲間に見つかり、口封じのために薬を飲まされた。――本来のその薬の効果が現れたのならば、謎の変死体として世間に出回ることになったこの体は、何を間違えたのか薬は新一の体を小さくしてしまった。 その後小さい体ながらにその黒ずくめの組織を潰し、元の体も手に入れたけれど、その代償はあまりにも大きかった。 跡形もなく癒えた肘の傷。恐ろしいまでの快復力。体を元に戻すために呑んだ薬の副作用だと、唯一全てを共にした少女は言った。子どもの体から元の高校生の体に戻るとき、肉体では再生と崩壊が同時に起こっていた。そして肉体が元の姿に戻ったとき崩壊は終わったが再生は続いた。恐らく肉体が再生を記憶してしまったのだと彼女は言った。そしてそれを裏打ちするかのように、僅かな怪我であろうと体は元の状態に戻そうと、あっという間に傷を消し去ってしまった。腕がもげても生えてくるのではないかと本気で考えるほどに。事実、刺し傷も銃跡も、何事も無かったかのように付けられた次の日には殆ど治ってしまう。 正真正銘化け物と成り下がった新一は。夢描いた生活を再び手にするために、組織の残党をあと少しの所まで追いつめていたというのに、また組織に追われるようになった。終わりの来ない組織との抗争。 「愚かだな」 低い、頭の真に響くような声が降りかかる。もうあまり距離もなさそうだ。 「どうやってあの薬から生き残ったのかは知らないが、せっかく助かった命を、ドブに捨てるとはな。」 愚かだと再び言うと、容赦のない射撃の雨が降る。意味のないように思える銃撃も、この場に足止めをさせるという意味では最も効果的だった。すぐ側で燻っている火が、こちら側に燃え移るのも時間の問題だろう。そうなればもう八方塞がりに。完全に逃げ場を失うことになる。 尚かつどうやらこの銃弾には何らかの薬品も入っているようで、潰れた弾丸から怪しい液体が漏れていた。ここまでやっておいて麻酔銃というわけでは無いだろう。ということはつまり、過去に己が打たれたものと同等かそれ以上の威力を持つ劇薬なのだろう。これでは僅かでもかすったらアウトだろう。普通の人間であれば。 (俺は、どうなんだろうな。) 果たして本当に効くのだろうか。 大体、全部が全部、中途半端だったのだ。ひとりで全てを抱え込んで、周りに迷惑をかけないで、全てを終わらせる気でいたのに、それなら何故キッドの前に現れたのだろう。 最後の悪あがきで物陰から応戦する。 (もう、いいか―) よくここまで持ったと感心する。もう、ここらで人生の幕引きとしようじゃないか。足に力を入れ最後の反撃に打って出ようと身を乗り出す、その時。 ―――――――白い鳥が舞い降りた。 「―――え?」 呆然となる。手足どころか頭までもが麻痺してしまったように痺れて、感覚が鈍る。目の前に降り立ったのはいるはずのない白い鳥―――否、怪盗KID。 「なんで、」 「お迎えにあがりました。――お姫様?」 言うが早いか、物陰に押し返し、自らもそこへ滑り込む。 「おい!なにしやがんだよ!」 「黙ってろ。工藤だってこんな所で死にたくなんて無いだろ」 「・・・何でここにいるって分かったんだ?」 「こんだけ派手にどんぱちしてりゃー嫌でも気づくっての」 「だって、今日予告日だろ?なのに、何で来られるんだ?」 そうだ。だからわざわざこの日を選んだのだ。たった三日間共に生活したが、それで分かる程に彼は世話好きで、例え探偵という敵同士の関係であったとしても事実を知れば手を貸してくれるだろうということが容易に想像できた。けれどそれでは駄目なのだ。誰かの助けを借りることはもう決して許されはしない。誰かの手を借りればその相手も傷ついてしまう。それだけはもう、嫌だった。 だから、この、怪盗KIDの予告日を、最後にしようと決めたのだ。いくらキッドでも、予告と被っていれば予告を優先せざるをえないと。なのに。 「そんなの、何の造作もないぜ。今回の獲物は偽物だったから、予告時間にそれが割れるように仕掛けてきたし。何の問題も無し」 あまりの用意周到さに唖然とする。キッドがここまで頭が切れるなんて、大誤算だ。 「何無駄なことしてんだよ・・・。こんなことお前には全然関係ないだろ・・・!」 「そうだよ。全部俺が勝手にやったこと。だから、工藤が気に病むコトなんて無い。つーか全面的に俺が悪いんだから」 だから。 「後でいくらでも恨み言聞いてやるよ」 だから生きろ。そう背中を押された気がした。 「・・・・うっせーよ。おめえこそ勝手に死ぬなよ!」 ついさっきまで死んでもいいとという思いが、今は微塵も感じない。寧ろ生き延びることを最優先に今後を組み立てている自分自身に驚く。 「勿論!」 銃弾が飛び交う中で、背中合わせのこの状況が最も己が望んでいたものだったのだと気づいて不謹慎にも口元が綻んでしまった。 (馬鹿だなあ。俺も、アイツも) もう独りではなくなるかもしれない。それはとっても。(幸福なことだと知っている) 「――――――工藤!」 そんな気の緩みがいけなかったのかもしれない。黒光りする穴がこちらをきっちり捉えていた。避けられないと瞬時に悟る。心臓を狙う一発の銃声が響いた。 |