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枝をひとつ
足元に一本の直線が伸びている。地面に引かれたそれは1メートルにも満たない長さで、リツヲの行く手に立ち塞がっている。 進むのは至極簡単でシンプルだ。ただ、木の棒でかかれたそれを飛び越えればいい。それは立ち塞がる石積みの塀でもなければ、有刺鉄線を張り巡らした柵でもない。人工的に作られた地面のおうとつだ。 一歩踏み出せばいい。こんな場所で時間をくっている場合ではない早く踏み出せと頭から足へと信号を送るが、配線が壊れているのか指先ですらぴくりとも動かなかった。 「オイ。何やこれ。」 目の前に座っている男に嫌々尋ねる。そもそもの元凶はこの男だ。リツヲがふと携帯の着信音に気が付き足を止め、ほんの数秒間メールを読んでいた間にいつの間にいたのかこの男が落ちていた木の枝で足元に線をかいたのだ。けれどそれっきりこの男は一言もしゃべっていない。さっきから下を向きっぱなしで顔が見えず、先輩か後輩かすら判断できない。 (クソっ・・・・・・・・) いったいなんだというのか。このままでは式に遅れてしまう。別に進んで行きたいとは思わないが入学初日から遅刻、欠席は遠慮したいと思うのは当然のことだろう。 だから、そう。一歩踏み出す。たったそれだけでいい。なのになんで、そうしないんだと頭の中で叱咤する声がきこえた。 「お前・・・・。」 いきなりかばっと男が顔を上げ、突然の事態に踏み出しかけた右足は意思とは裏腹に一歩後退した。 「な、なんや。」 「お前、変なやつやなー。」 「は?」 言うなりひょいと立ち上がり、ばしばしと肩を叩いてきた。先輩だろうがなんだろうが、ここまで人を振り回しておいてこの仕打ち。容赦ない痛みになにすんねんと食って掛かかる。足元で枝が折れる音がした。 (・・・・・・・・・あ。) あれほどまで動かなかった足がすんなりと動き、いとも簡単に線を踏み越えていた。なぜと考えるよりも先にお互いが蹴り上げた砂塵でその線はもうほかの地面のおうとつに紛れて見えなくなった。残ったのは踏み折られた木の枝と二人分の足跡だけ。 「おい。なんか落としたで。」 言われて足元を見ると生徒手帳が落ちていた。さっきの衝突の時にポケットから落ちたのだろうと手を伸ばすがそれよりも早く男が拾い上げる。この男意外にも素早い。 「なんや、ただの生徒手帳やないけ。」 「だったらなんや。さっさと返せやボケ。」 「ほーお前一年やないか。俺は先輩やぞ。いいんかそんなタメ口きいて。」 年上を敬えやとのたまっていた口が突然ぴたりと止まった。その不自然さにどうかしたのかと問いかけても、よっぽどなにか驚くことでもあったのか、目は見開かれ口はぽかんと開きっぱなしでリツヲの声など聞こえていない様子だった。 「・・・お前、曳山、ゆうんか。」 しばらくしてしゃべった言葉は答えになってなく、余計にリツヲを混乱させた。 07.12.29 |