飾りでよかった









 
 音漏れの激しいイヤホンを向かいに座る男が迷惑そうに一瞥する。その様子を視界の隅に捉えるが無視して更に音量を上げ、深く座席にもたれ掛かった。
 ぽっかりと四角くくり抜かれた窓の外は、晴れていた。空はいっそ腹が立つ程に真っ青で。
(あー。サッカーしてえ)
 音量を上げる。目を閉じ脳内で周りにある物をひとつひとつ消去していく。イヤホンから流れる音楽。向かいの座席に座る男。奥で騒いでいる学生。乗っている電車。窓の外に広がる田んぼ。張り巡らされた電線。周囲を囲む山々。憎たらしい空。雲。大地。地球。自分自身。

「うっさい。」

音が戻った。








「・・・なにすんねん。」
「アホ。周りに迷惑やろ。客足減ったらどうすんねん。」

 うわ音量25もあるやんといつの間に取り出したのか、ウォークマンを手に持って安土は呻いた。ふと見れば、向かいに座っていた男はいつの間にかいなくなっていた。

「関係無いやん。さっさと返せや。」
「大ありや。これ俺んちの電車やし。」
「マジ?」
「マジ。」
 そういやコイツんち海外でも事業起こしているだとか誰かがいっていた。ならば日本でも電鉄事業を起こしていたとしてもおかしくはないが。
「俺には全く関係ないし。とっとと消えろや。」
 外されたイヤホンを再び耳に付けようと手を当てる。けれどむかつくことに安土によってそれを阻まれる。大きな手だった。
「せめてもうちと音量下げろや。耳悪なるぞ。」
「んなんどうでもええわ。寧ろ聞こえん方がええし。」

 強引に手から引きはがしイヤホンを付ける。安土を視界から遮断し、指先で音量を上げる。心地良い騒音が頭を震わせ、再び何もきこえなくなる。騒音の中での完璧な無音。再び閉じていく世界に身を委ね目を瞑る。そうして蘇る懐かしい記憶。夏。むせ返るほどの熱気。蝉の声。思い出す。あの日。
 暑い夏。駆け回ったグラウンド。ダッシュ。パス。ドリブル。シュート。揺れるゴールネット。歓喜の声。そのとき俺は、(リピート。)





「おい。」
 再び引き戻された喧騒の中で、安土は相変わらず不機嫌そうに、イヤホン片手に唸った。

「明日の練習にはちゃんと来いや。八日市とかも楽しみにしとるし。」

 音量を最大にする。片耳だけにつけているだけだけれど、それでも十分だった。安土の視線を感じながらも頑なに視線を逸らす。

(どうせならもっとマシな嘘吐けや。)

 心の中でついた悪態も、なぜか虚しく感じた。





07.1114