固く冷たいドアを前に立ち止まる。さて何処に仕舞ったかと鞄の中をまさぐれば、奥底のガムのゴミや紙くずと一緒に埋もれていた。 取り出し鍵穴に差し込む。わかりやすいようにストラップでも付ければいいのだろうが、生憎そんなもの手持ちにはない。あとでと考えても面倒で、結局付けられることは今後も無いだろう。 ドアを開けた先は真っ暗だった。これは予想の範囲内。何度もこの部屋を訪れたが、電気が必要な時間に付けられていたことはほとんど無い。遮光カーテンが一日中閉められているこの部屋は、昼間でも日の光が差さず薄暗い。 そのまま電気を付けずに廊下を進む。リビングまでの距離は、もう掴んでいる。左手で持っていたビニール袋ががさがさと音を立てて揺れた。 室内は空調管理が徹底されているようで、快適だった。真夏は過ぎたとはいえ、地球温暖化と騒がれる昨今、一歩外に出ればまだうだるように暑い。ひんやりとした床が心地良く感じた。 キッチンをそのまま通り過ぎ、リビングのドアノブに手をかける。ガチャリと音を立ててドアが開く。 リビングには、相変わらず何も無かった。部屋の隅に辛うじてベッドがあるのみで、机も椅子も、テレビでさえ置いてはいない。ゴミ箱は、ちょくちょく出入りするようになってから佐助が用意したものだ。気が利くというか、面倒見が良いというか。 部屋に物が増えていくことについて、家主である真田幸村は気にしていないだろう。恐らく気づいてはいるだろうが、それを咎められたことはない。元々物が少なすぎていた部屋だ。多少物が増えた方が生活感が出ていい。 壁に備え付けられているエアコンのリモコンに目をやる。エアコンの温度は二七度に設定されていた。どうやら言いつけを守っているようで、ほっと胸をなで下ろす。 室内気温が四十度近くありながら、エアコンも扇風機も付けずに布団を被って眠っているのを見たときは流石に冷や汗をかいた。(実際脱水症状に陥りかけていた。) 今日はどうだと部屋の中を見渡せば、幸村は部屋の隅で毛布にくるまり、カーテンも巻き込んで踞っていた。そこへゆっくりと近づく。その様は、さながらさなぎのようだった。 幸村は世界を拒絶して生きている、と元親は前に言っていた。けれど、政宗にはどちらかといえば周囲が幸村を弾き出してしまったように思えてならない。 無関心で無感動な現実。日常よクソ食らえ。何度浴びせられたか知れない罵詈雑言。幸村はそれを聞くことを拒否し、耳を塞いだ。 手に持っていたビニール袋からお茶のペットボトルを一つ取り出す。水滴に濡れたそれを拭くことなく持ち、頭まで毛布を被っているせいで、どちらが頭なのか解らなかったが、蹲る幸村を揺する。 もそもそと毛布から顔を出した幸村は、しばらく瞳を空に漂わせたあとぴたりと視線を政宗に向けた。少し痩せたんじゃないか。今まで寝ていたのか、瞼が重そうに揺れている。 「good morning,幸村。ほら、差し入れだ。」 ゆっくり、一言一言区切るように言葉にする。幸村はじっと政宗の口の動きと言葉に耳を澄ませて聞いていた。政宗も同じようにじっと幸村を見る。一週間ぶりに会うが、更に顔のラインがシャープになったように見えた。 「差し入れだ。」 言葉を繰り返し、手に持っていたペットボトルを幸村の視線上で振る。政宗とペットボトルを交互に見返し、幸村はもそりと起きあがった。 「ありがとうございまする。」 そう言って手を伸ばしペットボトルを受け取った幸村は、すぐにペットボトルの口を開けることはなく、そのまま膝の上に置いた。その様子を目で追いながら、結局何も言わずに幸村の前に腰を下ろし、ビニール袋からもう一つペットボトルを取り出す。 リビングに来る前にちらりとキッチンを見たが、ここ最近洗い場が使用された形跡は無かった。それどころか水道すら使われていなかった。冷蔵庫の中は見てはいないが、佐助がしばらく訪れていないから似たようなものだろう。 (まだまだ時間が掛かる、か。) ペットボトルの口を開け、水と共にはやる気持ちを呑み込んだ。 |
さよならを迎えに
(090707)