※スカイ・クロラのパロディです。 そういったものが嫌いな方はブラウザバック推奨。 |
It lives in the sky.
酔っぱらったのか、男はいつも以上に饒舌だった。 部屋の机の上には、もう中身のない缶が何本も積まれている。 俺は、まだ一本しか飲んでいない。あとは全部ロックオンが飲んだ。 この男は元々アルコールを好んでいたが、オフの日とはいえ、ここまで見境無く飲むのは珍しい。 珍しい? 珍しい、なんて。 俺は、そこまでこの男のことを知っている訳では、ないというのに。 この基地に配属されて半年経つが、任務の時以外で会話をしたことがある人間は、片手でゆうに足りる。 ロックオンと良く話すのは、単に同室で、彼が面倒見が良いから。ただ、それだけの理由。 缶ビールを大きく呷ったロックオンの背にある、四角く縁取られた窓の向こうで、入道雲がゆっくりと形を変えて動いていた。 今日は、さぞいい飛行ができただろうに。 機体が地上から浮き上がり、心地よい浮遊感とのし掛かる重力。 その二つが反転したときの、内蔵が浮くような開放感。 上下左右、全ての平衡感失う感覚。 雲を突き抜け、天高く舞い上がったときの、あの高ぶる鼓動。 右手が、自然とリズムを刻む。 ステップ。ターン。 一人だけのダンス。 ふと、今までうるさいほど聞こえていた、ロックオンの声が聞こえないことに気がづく。 視線を落とすと、真剣な眼差しで、ロックオンが俺の右手を見ていた。 なんとなく、居心地が悪くなって、手の動きを止める。 「そんなに飛ぶのが好きなのか。」 おかしなことを訊くな、と思った。 飛ぶのが嫌いな人間など、ここにはいないだろう。 飛ぶことが好きだから、みんなここにいる。 いや。もしかしたら、飛ぶことしかできないから、ここにいる奴もいるかもしれない。 どちらにも当てはまる俺は、まれなのだろう。 どちらにせよ、そんなこと、飛ぶためには関係ない。 「お前は違うのか。」 「もちろん好きだ。でも、オフの時くらい地に足付けておきたいって思わないか。」 そうだろうか。 少なくとも、俺はこんな晴れた日ぐらい、一日中空に飛んでいたいと思う。 寝ている間も、食事を取っているときも、風呂に入っているときだって、地上にいるのだから、一日の大半がオフのようなものではないのか。 俺の表情で悟ったのか、ロックオンは重い溜め息をついた。 ロックオンの右手が、からの残骸から新しい物を探してうごめいていたので、手元にあった飲みかけを差し出す。 「それが最後だ。あとはロビーの自販で買ってこないと無い。」 「あー、サンキュ。」 お前はいいのかと眼で問われ、頷いて返事をする。 元々、缶ビールを飲んでいたのもロックオンに合わせていたからであって、喉さえ潤えば水だっていい。 生きるために、必要な物は、本当はとても少ない。 動く心臓に、食料と水分。 極端にいえば、それだけだろう。 空を飛ぶことだって、本当はとてもシンプルだ。 生きた身体と、整備された愛機。 それだけで十分。 必要なら、音楽だっていいかもしれない。 アルコールも雑誌も、テレビだっていらない。 身体に愛機に音楽。 とても理想的ではないだろうか。 あまり物を詰め込めば、コックピットが重くなって、墜落してしまう。 「―――前から訊きたいと思ってたんだけどさ、刹那は死ぬのが怖くないのか?」 そう考える人間もいるのか、と感心した。 むしろ、ロックオンの方が、一般的には正常なのだろう。 けれど、この場所では、そんな考え方は不釣り合いだ。 「“お前たちは”、の間違いじゃないのか。」 間違いを正しただけだというのに、ロックオンは奇襲を受けたように、顔を強ばらせた。 親切のつもりで言ったのだが。もしかしたら、突かれたくないことだったのかもしれない。 「俺は、死ぬのは怖くない。だが、死にたい訳でもないし、死ぬのが怖い奴は、空を飛べない。」 「・・・一生、こうやって生きていくつもりなのか。」 俺は、声を上げて笑い出したくなった。 それだけ、ロックオンの言ったことは可笑しかった。 実際は、俺の顔の筋肉は、ぴくりとも動かなかったが。 一生なんて、俺たちには永遠に存在する。 永遠を生き、過去を忘却していく俺たちは、端から見れば寂しく映るのかもしれない。 けれど、永遠なんて、一瞬だ。 永遠を知っている俺たちは、それを知っている。 だからこそ、俺は生きているし、これからも生きていける。 「他に生きていく方法だってあるのに、なんでお前らはこんなふうにしか生きられないんだろうな。」 ロックオンは、苦しそうだった。 きっと、ロックオンは優しい部類に入る人間なんだろう。 こんなに親身に俺の面倒をみてくれたのは、ロックオンが初めてだった。 普通の人間は、俺の精神と身体のアンバランスさを気味悪がるか、恩着せがましく俺の周りの世話をしたがった。 大抵の人間は、俺のような存在を、見て見ぬ振りをして、気づかないふりをした。 それが、当たり前だった。 「やりたいことも無いのか。」 窓の外の入道雲は、いつの間にか形を変え、いくつにも分裂していた。 その雲の、さらに向こうでは、俺と同じ存在が、今日も、明日も、墜ちるその日まで、飛び続けている。 そんな生き方は、否定されるものなのだろうか。 解らない。 けれど。 「夢ならある。」 ロックオンは驚いたように、顔を上げた。 正直俺も、夢なんて使うのは気の遠くなるほど久しぶりで、今更だが恥ずかしくなった。 それを誤魔化すために、意味もなく右腕をさする。 「何だ?夢って。」 一呼吸分、間をあけて、答える。 「空で、死ぬことだ。」 ロックオンの、缶ビールを持つ手が不自然に強ばったのを、不思議に見つめる。 変なことを、言っただろうか。 空で死ぬ、というのは、俺たちにとって当たり前の、誰もが望んでいることだ。 だからだろうか。 ロックオンのその反応は、当たり前のことすぎて、肩すかしでも食らったということだろうか。 それでも、そんな当たり前のことを、口に出して見たくなったのだ。 理想は、よく晴れた、青く、高い、空の下で。 黄昏時の、あの色の混じり合った、空の下もいいが、やっぱり、いつも飛んでいる、当たり前の色をした、青い空の下がいい。 敵機、なんて詰まらない呼び名じゃなくて、尊敬できる好敵手として、上空で、永遠と等しい一瞬を過ごして。 共に、全力で相手に向かっていって、互いの技を魅せあって。 そうしてその結果で、俺が負けて、墜とされようとも、俺は決してその相手を恨まないだろう。 むしろ、尊敬して、讃えて、相手に敬意を表するだろう。 楽しかったな。 その任務が終わったときに、相手が、そう思ってくれていれば、俺はそれだけで満足だ。 それだけを、最期に望んでいる。 「誰かの右手が、俺を殺してくれるのを待っている。」 きっと、明日また俺は空に上がり、運がよければ、再び地上に降りることができる。 歯をみがいて、風呂に入って汗を流して、その日をふり返ることもなく、部屋の窓から空を見ながら、眠りにつく。 そんな毎日の、繰り返し。 だから、終わりのときくらい、夢を見たっていじゃないか。 永遠を持つ俺たちは、過去を失いながら、未来を進み、終わりを見据えて、生きている。 永遠に、飛び続けることを、夢見ながら。 今日も、明日も、その次の日も。 墜ちる、その日まで。 永遠に。 080718 |