それは成長の季節。





治安が悪くなったのは随分昔からだけれど、何十年前には路上で飲み物も売られていたらしい。その時代を羨ましく思いながら缶コーヒー二本を手に持ちながら歩く。
今じゃ安全に物を買うにはそれ相応の場所に行かなければならない。いい運動にはなるが、子どもやお年寄りにとっては辛いだろう。物価もここ数年で倍に跳ね上がり、貧困に喘ぐ平民は増えていくばかりだ。
でも、そんなの彼には関係ない。



飲み物を買いに行く前と同じ状態で、ロックオンは野良猫とじゃれ合っていた。どこから拾ってきたのか、その手には猫じゃらしが握られている。

「ロックオンって猫好きだったっけ?」
「んー、どうかな。」

彼が小動物が苦手だということを知りながら訪ねる。単なる嫌みだ。この野良猫たちを刹那が可愛がっているのをアレルヤだって知っている。無性に可愛がりたくなったり気に懸ける気持ちだってわかるが、だからといって彼のテリトリーに入ろうとは思わない。
蒸し暑い青空の下で、冷えた缶コーヒーを渡せば、ロックオンは破顔して礼を言った。こういった礼儀の良さを見れば、彼の家庭の裕福さにも容易に想像が付いた。今時珍しい律儀な様子に、余計に切なく思う。こんな場所に入り浸るということはつまり、ロックオンもアレルヤと同じだということだ。なんとなしに、右目に手を当てる。

「今日は刹那に会えたの。」
「珍しいな。アレルヤが刹那の話をふるなんて。」
「・・・何となくだよ、なんとなく。」

ロックオンが驚いたようにアレルヤを見る。正直自分でも驚いた。
刹那の事を話すのは久しぶりだ。というより、自分から誰かと話をするのが。ロックオンはひとの気持ちを読むのが上手いから、アレルヤが他者のことを話したがらないのを知っている。

「駄目だな。もう十ヵ所以上回ったが、全部空振り。今日はこいつらを構うことにするわ。」
「ふーん・・・。」

喉を撫でられた猫が気持ちよさそうに喉を鳴らす。慣れた手つきを見て、よくこうして野良猫に構っていることが分かる。恐らく刹那もこうして野良猫を構っているのだろう。

「ねえロックオン。」

その様子を想像する。無表情に野良猫を撫でる様は、傍目から見れば歪なものかもしれない。けれどそれが、どんなに尊いものかアレルヤは知っている。ロックオンも。

「ねえロックオン。ロックオンはさ、刹那と話して感じたことはない?」

どうしてこんなことを言おうと思ったのかアレルヤにも分からなかった。きっとこの焼けるような暑さのせいで、頭がおかしくなったのだ。そう思うことにして、口を開く。

「あの子は、刹那はまるで殉教者みたいだ、って。」

ロックオンは野良猫の喉元を撫でるのを止めない。

「神なんていない、って言っているのに。なんて、皮肉なんだろうね。」

ニャアと撫でられていた猫が鳴いた。その気持ちよさそうな声に、少しだけ哀しくなって、アレルヤはロックオンに見えないように少しだけ笑った。
















薄汚れた壁に背を預け、変形した缶から残りのコーヒーを喉に流し込む。
久しぶりに他人と話したせいか、喉が痛かった。そういえば、ティエリアとしばらく会っていないことに気が付く。毒舌で刹那と同じくらいつかみ所のない少年だが、不思議と嫌いではない。口が悪いといっても、ティエリアの言葉は的を射ていて、それ故に心に刺さる。

(それは同情か?彼を憐れんで、思いやりいたわっているつもりか?違うな。君は、―――。)

刹那のことを、アレルヤは少しだけ知っている。彼の好きな食べ物だとか、彼がいつ頃ここに現れただとか。けれど古株のアレルヤでさえ、刹那について知っていることは、ごくわずかだ。
ここで生きる者たちは、皆外の世界では生きていけなかったあぶれ者だ。そのため無法地帯となっているが、外の世界よりはよっぽど生きやすい。
右目に掛かっていた髪を掻き上げる。この目が色を映さなくなって随分と経つが、もしかしたら、と今でも時々思う。昨日までは駄目でも、今日なら、と。
再び目を開こうと思ったのは、何年ぶりだろうかと思いを馳せて、刹那と初めて出会って以来だったと思い出す。その時も結局世界は灰色のままだったが、不思議と今までのような失望を感じなかった。
今なら、あの時のように大丈夫かもしれないと、根拠も無いのにそう思えた。ロックオンに当てられたのかもしれないが、それもいい。そう思えた。
顔を上げ空を仰ぐ。空は、きっと青い。




080624