春
それは出会いの季節。
ジーンズの右ポケットに飴玉をひとつ忍ばせ、路地裏を徘徊する。あの子に会えるかどうかは半分以上賭だから、いつ見つけても渡せる物を持ち歩いている。下手すれば探しても一週間会えないなんてこもとあるから、生ものをあげることは出来ない。 ロックオンが刹那に会ったのは、半年ほど前だ。雨にうたれていたロックオンの前に、刹那は現れた。その姿を目に留めたとき、乞食のようだと思った(事実そうだっけれど)。サイズの合っていない大きめのコートを着て、枯れ木みたいにやせ細っていて。折れそうな腕に持っていたビニール傘をロックオンに差し出して来た。ただそれだけの出会いだった。 だというのに、次の日ロックオンは刹那を探していた。どこにいるか解らなかったけど、なぜかもう一度会いたくて、とにかく傘を差し出された路地裏周辺を何度も行ったり来たりして。・・・結局その日は会えなかったけれど。 特にたいしたことを刹那はしていない。ただふと目の前に現れて、なにも言わずにそこにいるだけ。時々思い出したように何かをしゃべったり、渡してきたりするだけ。けれどただそれだけで救われるのだ。刹那と話した人間は。ただ自分の言いたいことをいって、己の罪を吐露するだけだというのに。 (刹那と話して、感じたことはない?あの子は、刹那はまるで――。) 足場の悪いゴミ捨て場を飛び越える。今日はここにいないようだ。野良猫が生ゴミを漁りに集まるので、よくその猫目当てに刹那が訪れるのだが、今日は違ったらしい。 二度目に刹那と出会ったのも、このゴミ捨て場だったと思い返す。あのとき刹那は黒猫を抱えて、ゴミ袋をソファー代わりに座りこんでいた。鼻を覆いたくなるような酷い悪臭のなか、刹那は気にもとめずに悠々と猫とじゃれ合っていた。 黒猫がロックオンの存在に気づいて刹那の腕から逃げ出すまで、突然の予期せぬ再会に言葉を失っていたロックオンはそれでようやく状況を理解し始めた。だからといってなにか気の利いた言葉が出てくるはずもなく、口上手なロックオンにしては珍しく無言を無言で返した。 「傘ならいらない。元々捨ててあったものだ。」 先に口を開いたのは刹那だった。そこでロックオンはこの子どもが自分を覚えていた事実に驚いた。なにせ三日ぶりの再会であったし、会ったときも二言程度しか会話をしなかったから、てっきり忘れられていると思っていた。だから子どもが自分を覚えていると知って、驚きそして嬉しかった。 後に知ったことだが、刹那は以外に多くの人間に守られているらしい。本人は気づいていないようだが、無法地帯な路地裏で刹那が暴漢などに襲われないのは、彼が特別な存在故だ。 裏の世界で刹那は有名らしい。ロックオンはまだそちらでは若輩者なので、刹那のことはよく知らない。 けれど今でも時々感じるときがある。 例えば傘を差しだしてきたとき。例えば猫を撫ぜていたとき。例えば、ひとり廃れた布にくるまって蹲っているとき。 「せーつなー。こんな所で寝たら風引くだろー。」 ゆさゆさと肩を押す。そうしてようやく覗いた赤褐色の瞳と目があって、刹那が生きていることを確認する。 僕たちが声をかけなくちゃ、きっと刹那は簡単に死んじゃうよと、アレルヤが言っていたがその通りだとロックオンも思う。 それだけ、刹那は変化を嫌い世間との接点を絶っている。そのくせ非道にはなりきれない。その姿は世捨て人と言うよりはむしろ――。 「ロックオン…。」 「春先だからって、毛布一枚で寝ようとすんなよ。遅霜を甘くみんなよ。」 「まだ昼間だから大丈夫だ。」 イライラとしたようにロックオンの腕を払った刹那の手を掴み、忍ばせておいた飴玉をポケットから取り出して、刹那の手に握らせる。 「ほら刹那。おみやげだ。」 子ども扱いするなと刹那のパンチが鳩尾にきまった。 080505 |