水玉holiday






「ロックオン。雨だ。」

言われて窓の外を見ると、成る程確かにぽつりぽつりと空から水滴が落ちていた。珍しく予報が当たったらしい。
刹那はまだ外を見ていた。さっきまで読んでいた経済新聞への関心は完璧に失せたらしい。寂しそうにテーブルの上で項垂れていた。仕方ない、と心の中で呟いて、読んでいた文庫本を閉じる。
「じゃあ出掛けるか。」
「ああ。」
短く返事を返して、刹那は窓際から遠のいた。わずかに歩くテンポがはやいのは気のせいじゃないはずだ。そんな分かりやすい反応に苦笑を溢して、ロックオンもソファーから腰をあげ刹那の後を追いかけた。
下駄箱の横にある傘立てには常に傘が二本差してある。ロックオンと刹那用だ。
その二本を手にとって刹那と一緒に雨の町にくり出した。








降りだした雨は、変わることなくしとしとと降り続けている。そんななか歩く二人に通行人らは気にも留めず足早に街頭を通りすぎていく。
刹那は黄色い水玉の傘を肩にかけて上を見ながら歩いていた。足元は覚束なく、いつ転ぶだろうかと見ているロックオンは気がきじゃない。けれど、こんな歩き方で転んだことは一度もないのだから、案外刹那は下を見ずに歩くことに慣れているのかもしれない。
ロックオンの傘は青色の水玉で、刹那のよりわずかに大きい。
この二本は刹那と一緒に買いに行ったもので、ロックオンは気に入っていた。刹那はこの青い水玉の方の傘が良かったようだったが、ワンサイズ小さいものがなく、仕方なく黄色い水玉の方が刹那用となった。
青い方だと刹那はまさしく大人用のを借りたこどもに見えてしまい、刹那もそれを自覚していたため文句は言わなかった。
けれど黄色い水玉の傘を差す刹那は年相応に見えて微笑ましく、ロックオンはひっそりとこの時間が好きだった。
戦争もガンダムも関係無い時代にタイムスリップして、ただの日常を過ごしているようで。現実にはありえないことを夢みている。
世界規模のテロリストが、平日の街道を闊歩しているだなんて、だれが想像するだろう。

「ロックオン。中に入ってみたい。」
立ち止まった刹那が指差した場所には、高層ビルに挟まれた20階建て程の貸店舗があった。築四十年といったところの建物は、近代化の波に乗り遅れ過去の産物として残っていた。
両脇を高層ビルに挟まれ、身動きの取れないそれは買い手が見つからないのか中は荒れ果てていて、足場が相当悪かった。
その中を刹那はゆっくりと、上へ上へと進んでいく。


初期でのソレスタルビーイングの教育が不味かったのか、刹那は童話に酷く影響を受けている。天を目指したために落とされた英雄に、高く高くと傲ったせいで共通言語を奪われた人間の話。神に近づきすぎれば相応の報いを受けると戒めた物語。昔々の神々の物語。
そのせいか、刹那はこのとき高すぎる場所には立たない。必ず周囲より低い建物を選んで、その建物の最上階へと向かう。そこから見える空など、とても狭いというのに。
神の罰が怖いのか、見捨てられるのが怖いのか。
いつも刹那は待っている。それがなんなのかロックオンはわかないが、雨がふったとき、時間の許す限りどこかの建物の屋上で、刹那は空を見上げている。
何を待っているのか、それとも見ているのか、刹那に訊いたことはない。何かを見つめるその背中が、狂信じみていて答えを知るのが怖いというのもあるが、それともう一つ。

「あと二時間十五分で、次のミッションのミーティングが始まるぞ。」
「……ああ。あと少しだけ。」

あと少しと言いながら、結局ギリギリまでここで空を見上げたまま過ごすのだ。もっと有効に休暇を使うべきだとロックオンは思うのだが、刹那にとっては今の時間は有意義らしく、雨が降るたびに、こうして近場の建物の屋上に立つのだ。何度も何度も。
その光景を見るたびに、ロックオンは恐ろしく、気味悪く、悲しく、そして嬉しくなるのだ。重く濁った灰色の空間に、ただそこだけ別の色彩を帯びて、周囲との差異が目に付き、その度に、ああ、俺だけじゃないと。
何故だか、そう。安心するのだ。

だから、この雨の日の光景を見ることができるだけで、ロックオンにとってもとても有意義な時間となる。



けれど、ロックオンはいつも刹那を背後から眺めるだけ。故に、刹那がどんな表情で空を見上げているのか、ロックオンは知り得ないのだ。哀しいことに。








080518