鳩の溺死
忘れることは決して無い。母さんが遺していった、最期の言葉を。 神のためにひとを殺し、神のために命を捧げた。それはとても幸福なことで、選ばれたことはとても名誉なことだと教え込まされて、ただ戦場を駆けた、あの頃。 考えていたのは、神のことだけ。どうすればこの身を有効に使えるだろうか。不信仰者どもに、神の鉄槌を下すのだ。選ばれた、俺たちが。 (命に価値はなく、誰かの死にのみ意味がある。死は終わりではなく、聖戦を戦い抜いた者だけが、神の御許へと誘われる。死を恐れるな。おまえたちは選ばれた。さあ、その命を神に捧げよ!) 俺は、恐れていたのだ。共に戦った、おそらく戦友と呼べる者たちが、いつの間にかいなくなっているということに。耳が聞こえなくなるほどの爆音の後に、隣にいた人間が動かなくなっていることに。 死を、俺は恐れたのだ。 神のためにと叫びながら、生き延びるために銃をかまえた。背を向けて逃げるのは、敵に狙い撃たれるだけだと気づいてから、真っ先に敵の懐に飛び込むようにした。そうしたら、おまえは死を恐れないなと褒められた。 使いづらく、接近戦に向かない銃は早々に見切りをつけ、ナイフを主とする戦い方を身につけた。その分体の傷も増えたけれど、死ぬよりはましだとそのスタイルを変えはしなかった。 まだ小さかった手では、支給されるナイフは大きすぎて、両手でしっかりと握りしめていた。狙うのはいつも腹部だった。そこに大きな傷を負わせれば、大抵の人間は動かなくなると、経験で知っていたからだ。何百何千もの経験で。 エクシアに乗るようになった今でも、はっきりと覚えている。人肌にナイフを突き刺す感触。したたる血液の色。飛び出した内臓。痙攣する四肢。 (生きることに、意味がある。死の先に神はいない。人間は愚かで、何度も過ちを繰り返す。途絶えることのない紛争。今も誰かが、救いを求め叫んでいる。この世界は歪んでいる。誰かが、この歪みを正さなければならない。誰かが。) 俺は再び選ばれた。せれどそれは強制ではなく、神のためでもない。ひとのためだ。この世界から、紛争を根絶するために。 今でも死は怖い。けれど、俺の命に価値が無いというなら、せめて意味を持たせたい。俺しか知らないことがあるなら、俺しか出来ないことがあるなら、例えそれが死に近いものだったとしても、命を賭けようと思った。 そうしてようやく、この命は報われると、思っていた。 (仇を討たせろ。) ああ、違ったんだ。歪んでいたのは世界ではなくて、俺だったんだ。俺のような、罪を罪と知らずに生きてきた人間が、たくさんの人間を歪ませていったんだ。 テロで、家族を奪われたロックオン。きっと、家族は仲がよくて、兄妹とも仲がよかったのだろう。その様子が容易に想像ができて、余計に胸の奥が痛んだ。 俺を本当は殺したいだろうに、精一杯の理性で銃を降ろしたロックオンは、あまりに優しすぎた。いっそあの場で撃ってくれれば、これ以上歪ませることもなかったというのに。優しい彼は、俺を見るたびに、過去の悲劇に苛まれ続ける。 俺は、一生をかけて罪を償わなければならない。 「刹那。国連軍によるトリニティーへの攻撃は紛争だ。武力介入を行う必要がある」 それは、宇宙に上がってから、はじめての会話だった。お互いの過去を知ってから、はじめて面と向かって相手の眼を見た。 それがロックオンの答えだった。俺が願うことを、罪の償いにした。戦争根絶は、今の俺にとって全てだった。ロックオンは俺の背に立ってくれるという。 「俺一人でも行く」 それが俺のためでないことは、ちゃんと解っていた。テロリストが平和を願うという矛盾を、明確に体現している俺を見て、彼は戦争根絶を夢見ている。 なあロックオン。これ以上歪んでいくおまえを止めることが出来ない俺は、どうすればいい。せめて、紛争が無くなった世界で、おまえがまた笑えていれば、いいと思う。その時が来たら、俺を狙い撃ってもかまわないから。 だからどうか、その時がくるまで、俺が生きていることを、許してください。 08.0401 |