Anti-antiwar.







果たして、おまえは覚えているのだろうか。今まで殺してきた、幾千もの人間の顔を、ひとりでも。
考えたことがあるのだろうか。神のために殺していった人間にも、家族がいて、生きていたことを、一度でも。

(本名、ニール・ディランディ。五人家族で、家族構成は両親に妹、そして双子の兄弟がいた。どちらかといえば、裕福な家庭で育った。母親は優しく、寝る前によく淹れてくれたホットココアがニールディランディは大好きだった。父親は堅実で、家族を何よりも愛していて、ニールディランディの憧れだった。妹は根がまっすぐで、勝負事には一切手を抜かず、手を抜かれることも嫌がる負けん気が強い子で、ニールディランディは彼女を溺愛していた。)

たった一度のテロで、いくつ命が奪われたのか。どれだけの人間か絶望したか。
理不尽なテロは、理不尽な人間が、己の欲のためにおこした、理不尽な暴力だ。
今も、瞼を閉じれば色あせることなく浮かぶ光景。迸った光線に、全てをなぎ倒す爆風。それが爆弾によるものだということに、はじめは気がつかなかった。鈍く痛む頭を押さえ、起きあがって、目の前が真っ白になった。
知っているのだろうか。テロというのは、爆弾というのは、何もかも無くすんだ。
そこにあったものを、すべて。原型を保ったものなんて何一つなくて、そこにさっきまで在って、生きていたというのに、その生の証すら消し去ってしまう。

(コードネーム、ロックオン・ストラトス。ソレスタルビーイングに所属し、ガンダムデュナメスのパイロット。ガンダムマイスター中最年長のため、兄貴的な存在。面倒見もよく、周囲からの信頼もあつい。)

俺は知っているよ。奪われたときの喪失感も、奪ったときの虚脱感も。復讐なんて、なんの意味もないということも。
ああ、でも。それを認めてしまったら、あまりにも両親が、妹が、哀れではないか。なんの罪もない人間が、神を気取る人間から罰を与えられて、失って。そうしてテロリスト共はのうのうと世界を歩き回って、奪い続けていく。なんて非道い世界だろうか。

俺はいったい何のために、生き残ったのだろう。
ソレスタルビーイングに所属してからも、ふとした瞬間に頭をもたげる疑問。答えはイコール戦争の根絶と直結しているわけではないが、それに近いものだと感じているから、こうしてソレスタルビーイングのスカウトを受け入れた。
テロを許したわけではない。憎しみは、膿んだ傷口から今なお溢れ、とどまることをしない。きっとずっと、癒えることはないだろう。
テロが憎い。憎いんだよ、刹那。両親を、妹を奪ったテロが。テロリストが。
この溢れ続ける憎悪を、俺は一生心の中で飼い続けるだろう。

(戦争の根絶だ。)

ああ、おまえは、この歪んだ世界から、戦争を本当に根絶できると信じているんだな。平和な世界が来ると、心から。
けれど、本当に戦争のない、誰もが幸福な世界が出来たとしたら、俺はこの飼い太らせた獣を、どこに放せばいい。

「刹那。国連軍によるトリニティーへの攻撃は紛争だ。武力介入を行う必要がある」

戦争根絶のために命を賭けると誓ったおまえは、ソレスタルビーイングの理念を忠実に守るだろう。そうして、それを守り続ける限り、俺はおまえを憎まない。おまえが望むなら、俺はおまえの背を押そう。おまえの手を引いて、背中を守り、共に戦おう。
「俺一人でも行く」

そうして身も心も削って、ぼろぼろになって、それでもなお戦争の根絶を信じていたら、ようやく俺はおまえを許せるだろう。また、このきかん坊めと言って、頭を撫ぜることができるだろう。
なあ刹那。覚えているか、初めて殺した人間の顔を。考えたことがあるか、その家族のことを。知っているだろうか、命の呆気なさを。


ただ一つはっきりとしているのは、俺はもう二度と、刹那にココアを淹れないということだけだった。


08.0401